予防に勝る治療なし
1“健康に長生き”することへの課題
高湯温泉を医学する
平成19(2007)年、日本は総人口に占める65歳以上の高齢者の割合が21%を超え、“超高齢社会”に突入した。 平成25(2013)年には4人に1人が高齢者に達し、少子高齢化が加速している。 それに伴い、医療費の問題も年々深刻化し、平成25年度は前年比2.2%増の39.2兆円で11年連続過去最高を更新した。 世界でも突出した超高齢社会にあって深刻化するのが介護、寝たきり、認知症などの問題である。 平成25年度の調査では65歳以上の高齢者のうち、認知症患者は推計約15%。 さらに、その予備軍といわれる高齢者も400万人が控え、寝たきりも170万人という衝撃的な数字が発表された。 これらの要因として挙げられるのが、慢性的な生活習慣病である。 厚労省によれば、平成24年度の介護費用と介護保険料の総額は8.9兆円を記録し、国庫を揺るがす社会問題となっている。
わが国は世界トップの長寿国として知られ、現在、女性の平均寿命は86.6歳で世界一位、男性も80.2歳で四位となっている。 その陰で、実際に介護を受けず生活できる日本人の“健康寿命”は女性で74.2歳、男性でわずか71.1歳。 しかも、平均7、8年も寝たきりのまま亡くなるという事実がある。 いまや“健康に長生き”することは、日本社会が抱える深刻な課題なのである。
人間にはもともと病を自ら克服する、自然治癒力が備わっている。 特に、高湯のようなハイレベルな温泉と向き合っていると、この自然治癒力の尊さに気付かされる。 まさに“予防に勝る治療はない”のである。
欧米先進国と比較し、寝たきり患者が2〜3倍も高いといわれる日本。 これからの時代、生活習慣病の発症を抑え、老化を抑制し、美容と健康を維持するためにも、予防医学、予防医療という見地から、 21世紀型の新たな温泉保養地づくりを見据えていく必要がある。
2体温と免疫との関連性
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“体温は目に見える免疫”といわれるほど、ヒトの生命と直結している。 36.5度の体温が1度下がっただけで、免疫は約37%、基礎代謝は約12%、体内酵素の働きにいたっては、約50%も低下するというデータもある。 最適な体内環境とは、脳、内臓などの深部温度が36.2度程度とされる。 半世紀以上も前、自然治癒力が高く健康的だった日本人の平均体温は36.8度だったという。 浴槽に浸からずシャワーだけで済ませる現代の慌ただしい生活が、自律神経の乱れだけでなく低体温化をも加速させている。 温泉旅行での入浴は、この低体温化を阻止するとともに、家庭での入浴習慣を取り戻させるきっかけにもなる。
今回、温泉湯治による体温と免疫との関連性を検証するため、平均年齢66歳の20名と、58歳の26名の協力を得て、 それぞれ「3泊4日プチ湯治モニター」、「2ヶ月通い湯治モニター」の比較実験を行った。 その結果、湯治後はモニター全員の体温が36度以上となった。 特に、35.3度と最も低い体温だった72歳の男性モニターは、湯治終了後は体温が36.2度に上がり、 ガン細胞と戦うナチュラルキラー(NK)細胞の値が上昇し、血中の抗酸化力が高まった。 体温を1度上げることで副交感神経が優位になり、免疫細胞であるリンパ球が約20%も増加したのである。
また、湯治後は全モニターにおいて、正常範囲内(収縮期血圧130mmHg/拡張期血圧85mmHg)への血圧の改善も見られた。 これらのデータは、高血圧症を伴わない健康集団における温泉効果の検証に役立つものと思われる。
温泉がもたらす、皮膚のアンチエイジングとは?
3温泉こそ美の源
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ヒトの皮膚はpH4.5〜6.0前後の弱酸性で、還元系である。 皮膚は加齢とともにエイジング、いわゆる酸化(老化)し、紫外線によって生み出された活性酸素の一重項酸素から、 肌を守る役割を果たしているメラニン色素は、新陳代謝で角質層が取れるものの、紫外線の浴び過ぎにより過剰に産生され、 その沈着によってシミができる。 シワもまた、肌を支えるタンパク質のコラーゲンやエラスチンが、活性酸素によって酸化された結果である。
「プチ湯治モニター」と「通い湯治モニター」で検証した水素イオン濃度(pH)の実験によれば、浴後、皮膚のpHは両者ともに減少し、酸性に傾いた。 これは高湯の酸性泉が皮膚に触れ続けることで影響を与えたものと思われる。 皮膚のORP(酸化還元電位)においても、両者のORP値は顕著に減少という結果になった。
国内屈指の還元力、抗酸化力を持つ高湯の湯は、皮膚の下の結合組織から血液、リンパに入り、全身の細胞へ運ばれ、老化、疾病の原因となる活性酸素を抑制する。 塩素系薬剤などで酸化された温泉では、このような還元剤が体内に取り込まれることはない。 皮膚のORP値の低下、つまり還元力が高まるということは、紫外線に対する抵抗力が増すことに他ならない。 高湯は“美肌”、“美白”において最適の温泉であると考えられるのである。
4高湯温泉の入浴方法
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温泉浴の最大の効果は、温熱作用である。 保温力に優れた温泉は、浴後も効果が持続する。 とりわけ鮮度が高く、還元作用と抗酸化力のある高湯温泉は、温泉浴することで血流が増進し新陳代謝が促進され、体温も上昇する。 実際、モニター参加者全員がこの温熱作用により体温が36度以上になり、血流速度も上昇した。
血流の増進は美容と健康に深く関与している。 温泉に浸かり、舌下温度が38度以上(できれば38.3度以上)に上昇すると、 HSP(ヒート・ショック・プロテイン/熱ショックタンパク)と呼ばれる細胞のタンパク質が強化され、活性酸素で傷ついた細胞が修復される。 紫外線を当てる前に42度の温水に浸からせ、このHSPを増やしたマウスの実験では、37度の温水に浸からせたマウスとは違って、肌にシワが出来なかった。 血流量の増加、体温の上昇がシワを予防したのである。 ちなみに、モニターによる検証で浴後の皮膚の水分量を調査したところ、「プチ湯治」では減少し、「通い湯治」では増加という結果になった。
皮膚の乾燥は外気の湿度に敏感に反応する。 今回の実験は、外気が乾燥する9月下旬に始まった。 高湯温泉は高所に位置するため寒暖の差が大きく、特に「通い湯治モニター」では、秋から冬にかけての最も乾燥する季節と重なった。 これに加え、温熱作用に優れた硫黄泉である高湯は、発汗が激しく、長湯すると皮膚のうるおいに必要な皮脂や角質細胞間脂質が流れ出る傾向がある。 そのため高湯の入浴は、昔から“長湯はしない”が基本とされている。 また、硫黄は肌の角質を軟化することでも知られる。 つまり、皮膚の角質層が分解されることで、皮膚の水分が蒸発したことも考えられるのである。 特に「プチ湯治」は3泊4日という短期間で刺激の強い湯に、おそらく10回前後は入浴したことが推測され、皮膚の水分が急速に失われたと考えられる。
「通い湯治」の皮膚水分量が増加したのは、無理のない長期間の湯治によって、硫黄成分で角質が分解され水分が蒸発した後、 線維芽細胞が刺激を受けて活性化し、新たに多くのコラーゲンの産生により保湿機能が高まったと考えられる。
5天然の石鹸の役割を果たす高湯
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高湯温泉の課題は、前述のように保湿力をいかに引き出すかにある。 医学が高度に発達した今日では、予防医学と美容が湯治の目的となる。 そのためにも、昔ながらの「高湯の科学的な入浴法」を現代版に改良し、医科学的に検証する必要があるだろう。
シミ、シワ、たるみ、くすみといった皮膚のエイジングの最大の要因は、“光老化”と呼ばれる紫外線による酸化である。 美肌づくりは、つまり日常的にいかにこの紫外線を防ぎ、保湿を保つかに尽きるだろう。
超高齢社会を迎えたいま、高い抗酸化作用のある高湯は、「高湯温泉、60歳からの美白力」という点からも、大きな可能性を秘めている。 高湯の高い還元作用は、化粧品では望めない高レベルのものだからである。 高湯における入浴で注意しなければならない点は、うるおいを守る意味でも湯に長時間浸からないこと。 分割入浴をすること。還元系の温泉は、あえて体を洗い流さなくても温泉成分が天然の石鹸の役割を果たす。 そのため、洗う場合は軽く流す程度で十分である。
また、湯上り後、15分程度以内には保湿剤で潤いを保つことも重要である。 温泉は心身の健康力を高めることで、内からの真の美肌力、美白力を磨き上げることができる。 高湯温泉は現代化学を超えた、天然の美白力がある。
6身からでたサビ
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生物は一般に酸素の消費量が多いほど寿命が短くなる。 近年、それを裏付ける高濃度の酸素が人体に害を及ぼすことが分かってきた。
私たちの体内でエネルギーを生成しているミトコンドリアは、原料であるブドウ糖や脂肪酸を呼吸で取り入れた酸素で燃焼させ、必要なエネルギーを作り出している。 エネルギー生成で使われた酸素は、最終的に水素等と還元反応を起こし水となって体外へ排出されるが、2〜3%は“活性酸素”として体内に残る。 これらは体内に侵入した細菌やウイルス等の攻撃に使われるが、激しいスポーツ等によって過剰に産出されたり、新たに外部から取り入れられたりすると、 私たち自身を攻撃し始める。 活性酸素は体内で脂質と結合し、病気の原因となる過酸化脂質を作ることに関与している。 その見えざる本質は“毒”であるともいえるのだ。 活性酸素等の化学反応を引き起こしやすい物質は、“フリーラジカル(遊離基)”と呼ばれ、細胞膜や生体膜を酸化させ、DNAを傷つけてガン化させたり、生活習慣病の原因となる。 エイジング(老化)もまた、活性酸素の仕業である。 「身からでたサビ」という諺があるが、まさにこれこそ私たち自身が産生した活性酸素を言い当てている。 活性酸素の原因は、強い紫外線や放射線、激しい運動やストレス、不規則な生活をはじめタバコや過剰な飲酒、化学合成物質や食品添加物等である。 ろ過、循環式の入浴施設に使用される塩素系薬剤も、非常に酸化力のある活性酸素のもとになる。
通常、ヒトの体内にはこのような活性酸素を無害化する酵素が備わっているが、さまざまな原因によって活性酸素が過剰に産生されると、それらの蓄積や変性、 いわゆる“酸化ストレス状態”が、生活習慣病を引き起こす。
「温泉へ行くと癒される」「疲れやストレスがとれる」といった言葉は、単なる感覚的なものだけではない。 高い抗酸化力を誇る高湯温泉は、活性酸素の抑制や無害化に大きな可能性を秘めている。 フリーラジカルの中でも最強といわれる活性酸素ヒドロキシルラジカルは水素によって無害化できる。 高湯温泉に溶解している成分には、その水素をはじめ、同じ還元剤である硫化物も大量に含まれている
7継続的温泉浴で酸化ストレスも減少
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湯治前と湯治後の“酸化ストレス状態”の防御度合いを検証するため、今回、専用装置を用いて「プチ湯治」と「通い湯治」モニターを対象に、 これらを総合的に評価する“酸化ストレス度(d-ROMsテスト)”、“抗酸化力(BAPテスト)”を測定し、それらをもとに「BAP/d-ROMs比」を算出してみた。 結果、両モニターともに湯治後は有意に酸化ストレスが減少した。 しかし3泊4日の「プチ湯治」が中程度から軽度へ減少したのに対し、1週間に2回以上の入浴を原則とした「通い湯治」は中程度から正常範囲へと、 活性酸素代謝物が約20%も減少した。
これは持続的な温泉浴が、いかに潜在的抗酸化能を高めるかを示唆している。 ちなみに、湯治前の検査では、モニターは高齢者ほど活性酸素代謝物が多い傾向にあった。 温泉湯治による酸化ストレスの減少は、加齢にともなう老化促進の抑制や、認知症、介護、寝たきり予防の対策にも非常に有効だと考えられる。
8浸るサプリメント
血液中にはもともと過剰に発生した活性酸素、フリーラジカルに対抗する抗酸化物質も数多く存在している。 それを調べる“抗酸化力(BAPテスト)”では「プチ湯治」、「通い湯治」ともに湯治後は増加傾向を示し、高い還元性が認められた。 抗酸化力の低いモニターを温泉力によって回復できたということは、極めて有益な検証結果といえる。
また湯治によって“健康度”が具体的にどう高まったのかを数値化した「d-ROMsテスト/BAPテスト値(係数)」、 いわゆる“潜在的抗酸化能”では、モニター全体で顕著な増加傾向が認められ、健康度がより強化されたことが分かった。
ヨーロッパには古くから「温泉は飲む野菜」という言葉がある。 江戸時代から療養泉として知られる高湯温泉は、浸かるだけで健康になれる、まさに病気を予防するサプリメントとしての高い効果を有すると考えられる。 高湯での温泉浴に、さらに抗酸化食品を意識した野菜などの食生活がプラスできれば、介護、寝たきりの期間を短くし、QOL(生活の質)を高めることはそう難しいことではないだろう。
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温泉浴と免疫
9免疫細胞を活性化させるカギ
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免疫の主役である白血球は「顆粒球」と「無顆粒球」からなる。 顆粒球には好中球、好酸球、好塩基球があり、好中球と好酸球は体内に侵入した外敵を活性酸素で破壊し、 好塩基球はヒスタミンを放出することで、敵の侵入を知らせる役割を果たしている。 酸化ストレスにより、顆粒球が活性酸素を大量に発生すると、体内で組織障害が引き起こされる。 一方、無顆粒球は「単球」と「リンパ球」からなる。 単球は、成長すると体内に侵入したバクテリアやカビ、異物を食べて分解するマクロファージに変化する。
リンパ球には、ガン細胞と戦うことで知られるナチュラルキラー(NK)細胞の他、B細胞、T細胞の3種類が存在し、 抗体の生成やウイルス感染した細胞の破壊、免疫細胞の活性化、また過剰な免疫を抑える役割を担っている。 私たちの体内では絶えずがん細胞が生まれている。 免疫細胞は、互いにサイトカインという特別なタンパク質の受け渡しによってチームを形成し、連携を図っている。
免疫細胞は、体温を上げることで活性化させることができる。 病原体免疫細胞を活性化させるカギは37度以下の温度で最も増殖する。 ガン細胞が好む体温は35度で、39.9度以上の温度で死滅することが分かっている。 その意味からも温泉浴は、日本人が利用してきた即効性のある免疫活性化法なのである。
10高湯モニターで免疫検証を実施
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白血球数には個人差があり、一般的には消費エネルギー量に比例して増加する。 一方、体調を崩し病気になったときは、免疫機能が発動し防御体制に入るため急増する。 これをもとに「プチ湯治」、「通い湯治」モニターで湯治前後の白血球数を測定したところ、 両者において湯治後は白血球数が減少傾向を示した。 この結果から短期、長期に関わらず、高湯での湯治で全身の炎症を引き起こす要因は無いことが証明できた。
白血球に占める好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球の割合を示す“白血球百分率”では、 好塩基球は両モニターともに湯治前後で変化がなく、単球は両モニターともに増加を示したが基準値内だった。 好酸球とリンパ球は「プチ湯治」でやや減少し、「通い高湯モニターで免疫検証を実施湯治」では増加したが、 いずれも基準値内。 好中球では「プチ湯治」で増加傾向となり、「通い湯治」では有意な減少が認められ、 湯治前の基準値外が湯治後は基準値内となった。 一方、NK細胞の活性値におけるモニター測定では、「通い湯治」のほうが明らかに活性化するという結果が得られた。
高湯の湯治治療は昔から「三日一廻、三廻十日」とされてきた。最初の3日は身体への反応期間のため「湯さわり」の症状を起こし、 一時的に患部が悪化する場合もある。 これは「好転反応」と呼ばれ、昔は病気が治る前兆として赤飯を炊いて祝ったという。 高湯では長湯などで気分の悪くなる「湯あたり」と区別してこれを湯治中の「湯さわり」と呼んでいる。 「プチ湯治」で得られた結果は、短期間で酸性硫黄泉の強い刺激を受けたため、一時的に自律神経が乱れ「湯さわり」を起こしたとも推察できる。 なお「通い湯治」の好中球の減少は、長期の湯治効果でリンパ球が増加し、相対的に減少したものと思われる。 湯治における生体の諸機能は、ほぼ7日周期で変動する。 湯治を開始すると交感神経が優位となり血糖値を高め、血圧、脈拍数が上昇し血流量が増加する。 すると警告反応が現れ、今度は徐々に副交感神経が優位になり過剰反応が修復される。 こうした交感神経と副交感神経の交互の発現により、安定した平衡状態へ向かうのである。
高湯温泉での宿泊湯治は、このサイクルが短縮され10日前後となった可能性が高い。 その他、さまざまな実証実験により、3泊4日の短期湯治でもT細胞、B細胞は増加傾向を示した。 また2ヶ月間の通い湯治ではT細胞、B細胞は湯治後で明らかに増え、短期と比べ、より免疫機能が高まることが分かった。
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