- Takayu Hot-Spring Resort
- Arinomamano ONSEN
高湯温泉紀行
高湯温泉紀行
大切な人と過ごしたい宿「旅館 ひげの家」
2014/05/某日 | 旅館 ひげの家
寛ぎたおやかな渓流の宿、ひげの家
走り梅雨を思わせる雨模様とはいえ、道沿いで目にする緑はつややかな瑞々しさにあふれ、目に麗しい季節。標高750mの高湯温泉の新緑は、麓より2週間程遅い。郷全体が初々しい彩りで包まれる頃合を見計らい、以前から気になっていた宿へと車を走らせる。
その名もユニークな「旅館 ひげの家」は、温泉街の中程、源泉が流れ込む須川渓谷に面した場所にあった。重厚な門構えに“日本秘湯を守る会”の提灯を掲げた佇まいは、ししおどしを配した日本庭園が風流な趣きを奏でている。山野草やツツジが咲く庭を愛でながら、京の料亭を思わせる引き戸をくぐり早速、中へ。
アジアンテイストの家具がレイアウトされたロビーラウンジは、秘湯のイメージを覆す明るくモダンな雰囲気。フロアから続くウッドデッキからは、中庭と渓流が見渡せる。「いい眺めじゃないか」と、連れに語りかければ、彼女は早くも傍らの可憐なもてなしに夢中のようだ(笑)。入口の水盤に活けられた春咲秋明菊や、ひときわ目を引くジャーマンアイリス、一輪挿しの二輪草や椿など、確かに館内のいたるところに季節の野花が、楚々とあしらわれている。伺えば、これらはすべて花好きの女将や女性スタッフの手によるもので、冬場を除き、家族が花壇で育てているとのことだ。「白花露草って言うんですって」と、女将から教えてもらった花の名を嬉しそうに話す連れと向かった部屋は、広縁から渓谷が見下ろせる程よい広さの和室。大きな窓から滑り込む、潤いを帯びた山の精気が、ここから始まる素晴らしい旅のひとときを予感させてくれる。
せせらぎ涼やかな天与の温もり
高湯に来たなら、まずは風呂。2009年にリニューアルしたという内風呂「仙気の湯」は、新しいながらもどこか懐かしい雰囲気を漂わせた山の湯だ。むろん、温泉はすべて源泉かけ流し。美しい山の翠を映す白濁の湯は、その優しげな表情と裏腹に、力強い泉質がファンの心を捉えている。シンプルな造りの風呂は、時間帯による男女入れ替え制だ。片方の内風呂には、専用露天風呂「月見風呂」も併設されている。もう片方の内風呂は一度浴衣を羽織り、廊下の専用入口からもうひとつある露天風呂「滝の湯」へ移動できるようになっている。
湯あたりを気にしながら内湯満喫もそこそこに、ちょうど男性の利用時間だった「滝の湯」へと足を向ける。渓谷に面した風呂は、温もりも優しい檜造りの廊下を少し歩いた先にあった。脱衣所、湯船にいたるまで、すべて天窓に覆われた開放感あふれる造りは、眩しい程の明るさで、青白い湯色が神秘的な美しさをたたえている。贅沢にも先客は無し。川を渡る翠の香りに包まれ、“五月雨を集めて何とやら…”のせせらぎを子守唄に、のんびりと鼻歌交じりの湯道楽。不覚にも、浮かれ気分の長湯となってしまった(笑)。
料理人の感性とこだわりを食す、季節膳
「ひげの湯」は、常連客も足繁く通う、月替りの創作料理でも評判の湯宿だ。期待を胸に向かった食事処は、なんと夕暮れの蒼い山景に満たされた贅沢な個室だった。聞けば通常、食事は隣り合うダイニングレストランらしいが、今夜は満席とのことで、宿の方が特別に計らってくださったらしい。思わぬサプライズに連れも大喜びだ。
静かなジャズの音色を聞きながらいただく食膳は、オリーブオイルを使った先附をはじめ、季節の山の幸による前菜など、あしらい、食感、素材の組み合わせと、いずれも感性を感じる美味揃い。器使いも上品で洗練されており、御造りの桜柄の高杯や、酒器、飯椀は、有田焼の陶工にわざわざ特注したものだという。
料理の中でも特に気に入ったのが、穴子や白魚、ずわい蟹、豆腐等を、特製の味噌と卵でとじて焼き上げた「伝宝焼き」。宿の名物だというこの料理は、ホクホクとした優しい甘みと素材の旨みが凝縮した絶品。伺えば、作るにはかなりの手間がかかるらしく、かの魯山人も愛したひと品だという。ボリュームがありながら、さっぱりといただける黒毛和牛のしゃぶしゃぶや、目にも涼やかなジュンサイと新緑豆腐の止椀、ジュレのようにトロリと濃厚な締めのプリンまで、宿の心意気が伝わる料理は、オーダーした地酒との相性も抜群。品数はあるものの、箸を置く最後の最後まで、美味しさを存分に堪能できるよう配慮された献立は、まさにひとつの物語を味わっているようだった。
満ち足りた気分で向かった夜の貸切露天風呂「星見風呂」は、外階段を川岸へと降りた別棟にあり、空いていればいつでも自由に利用できる。軒先から、せわしなく滴り落ちる雫を見上げながら、満天の星空を期待していた連れをなだめ、ほの灯りの風呂で雨音とせせらぎの協奏に耳を傾けるひととき。これもまた、高湯ならではの贅沢だ。静かな夜の風情にほだされ、独り向かった「月見風呂」のはしご湯は、幸せな一日の締めくくりに相応しい、どこまでも安らかな温もりだった。
花と湯と、人の絆が紡ぐ宿ものがたり
山が息を吹き返した雨上がりの翌朝。窓の外に広がる稜線の先には、共同浴場「あったか湯」の姿も見える。靄にけむる山景に誘われ、ぶらり2人で朝湯がてらの庭園散策へ。桜や沙羅、ナナカマドや薔薇が植栽された小ぶりの庭園には、展望台やベンチも配され、夜なら美しい星空を、昼ならのんびりと間近に迫る山渓を独り占めに楽しめる趣向だ。
昨夜の雨のせいだろうか。ほのかに透明度を宿した湯は、周囲の翠に縁どられ森の翡翠のように輝いていた。宿の中で最も川に近いこの貸切露天は、自然と一体になる爽快さも満点だ。山の精気を何度も深呼吸しながら、朝の目覚めを堪能。
角部屋にある眺めも晴れやかなダイニングレストランでの朝食は、山菜の小鉢や、卓上で仕上げる寄せ豆腐など、体にやさしい味わいが並ぶ。食事の時間に合わせて炊き上げた、お櫃で提供される会津産コシヒカリは、思わず2人でおかわりする程のモチモチとした美味しさだった(笑)。ロイヤルコペンハーゲンのイヤープレートや、マイセンのカップ、重厚なヨーロピアンアンティークのカップボードなど、女将の趣味を感じさせるコレクションが目を引くダイニングは、ロビー同様にモダンなセンスにあふれ、ここでもさりげない野の花々が迎えてくれた。
チェックアウト前のひととき、ラウンジで珈琲を楽しんでいると、連れがふと何かに気付いた様子。見ると、フロアの一角に、昨夜見かけたオリジナルの器が並んでいる。女将によれば、陶工の手描きによる桜や山法師、水引きといった花をあしらったこの器は、女性客に好評で、販売もしているという。嬉々と品定めする連れの傍らで「ひげの家」の名の由来を伺えば、“ ひげさん ”の愛称で親しまれた宿の創業者に因んだものとのことだった。深呼吸を愉しんだ爽やかなウッドデッキからは、晴れていれば、遠く福島市街も見渡せるようだ。世話になった宿の方々に礼を申し上げ、名残惜しい気持ちで出発。名も知らぬ山野草の花が、私たちにそっと手を振るように、春の風に揺れていた。
帰りは、麓にある「四季の里」に隣接した「水林(みずばやし)自然林」へ寄り道。ここは1906(明治39)年、急流として知られる荒川の氾濫に備え植樹された自然保安林で、夏から秋にかけ、キャンプや芋煮会などで賑わう市民憩いの場だ。樹齢100年を超える赤松が目を引く林間には、江戸後期に造られた土木遺産の“霞堤(かすみてい)”や、美しい清流に寄り添う遊歩道も整備され、マイナスイオンたっぷりの森林浴が楽しめる。福島市中心部にも程近く、軽装でも気軽な環境は、これからの季節、特におすすめの穴場だ。
ランチがてら立ち寄ったすぐ近くの「アンナガーデン」は、挙式も執り行われる聖アンナ教会を中心に、カフェやレストラン、雑貨やヨーロッパのアンティーク家具などの個性派ショップが軒を連ねる人気スポット。高台に位置するガーデンからは、吾妻連峰や福島市内を一望する素晴らしい眺望が広がる。その眺めが楽しめる「セントヒルズ Pizza」は、本格石窯ピザの専門店だ。テイクアウトもできるセルフサービススタイルの店のメニューは約20種類。今回はその中から、イタリア直送のサラミをトッピングした「イタリアンサラミ」(1,200円)と、エスプレッソを染み込ませて焼き上げた生地に、バニラアイスとさらにエスプレッソをかけていただくデザートピザ「アフォガートスペシャル」(910円)を注文。直径約30cmと大ぶりながら、パリパリと香ばしいクリスピータイプの生地は意外な軽さで、2人でペロリといただける美味だった。
雲の切れ間に顔を見せた吾妻小富士に見送られ、ふと旅の思い出を振り返る。「あれは、百日紅ですか?」宿の向かいの山肌にびっしりと群生する花木を尋ねた私に、返ってきた館主の答えは「リョウブです」。硫黄成分の高さから、植物にとって決して優しいとは言えない環境のなか、毎年初夏に、人々に慕われた“ ひげさん ”の髭にも似た、白い房状の花を咲かせるリョウブ。聞けば、わざわざこの花に会いに訪れるファンもいるのだという。リョウブの花言葉は“ あふれる思い・寛ぎ ”。素朴な宿のもてなしと響きあうその偶然は、心憎い自然の悪戯か、はたまた、高湯の幸せな奇跡だろうか(笑)。
■「旅館 ひげの家」
〒960-2261
福島県福島市町庭坂字高湯15-1
TEL/024-591-1027
http://www.geocities.jp/higenoie/
チェックイン 15:00 ・チェックアウト ~10:00
日帰り入浴/無し
[温泉の利用形態]
天然温泉・源泉100%。完全放流式、加水なし、加温なし
[アメニティ]
大浴場と内湯/シャンプー、リンス、ボディーソープ、石鹸、ドライヤー等
[交通のご案内]
■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線~県道5号線16km(約30分)
■福島交通路線バス
JR福島駅西口から「高湯温泉」行・「高湯前」下車(約40分) 徒歩約5分
■水林自然林
960-2156
福島市荒井字地蔵原乙1-5
【開園時間】8:30~17:00
【休み】年末年始 (12/29~1/3)
【料金】無料
※キャンプ備品の貸出し、および芋煮会用(9月中~11月中旬)の食材および備品代は有料
【問合せ先】024-593-2954(福島市水林自然林管理事務所)
http://www.f-kankou.jp/cgi-bin/f-kankou/asobu/page.cgi?id=14
【交通のご案内】
■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線(約10分)
■福島交通路線バス
JR福島駅東口から「土湯温泉」行・「自治研修センター」下車、徒歩約5分
■アンナガーデン
〒960-2156
福島県福島市荒井横塚3-183
【開園時間】店舗により異なります
【休み】店舗により異なります
【入園料】無料
【問い合わせ先】024-593-0639
http://www.anna-g.com/
【交通のご案内】
■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線(約10分)
■福島交通路線バス
JR福島駅東口から「土湯温泉」行・「自治研修センター」下車、徒歩約10分
■セントヒルズ Pizza
〒960-2156
福島市荒井字横塚3-182(アンナガーデン内)
【営業時間】10:30~17:30(12~2月/10:30~16:30)
【休み】無休
【問い合わせ】024-593-0454
最新記事はこちら
- 名残の冬と美食を愉しむ秘蔵の湯宿、安達屋
- 晩夏に遊ぶ天空の宿、花月ハイランドホテルと信夫山逍遥。
- 緑滴る初夏の癒し湯、ひげの家と浄楽園・中野不動尊。
- 冬ごもりの雪見露天、玉子湯
- 初冬の湯三昧・安達屋、花月ハイランドホテル、玉子湯
- 夏の浄土平湿原・吾妻小富士と静心山荘の寛ぎ
- 春の吾妻・雪の回廊・花見処
- 冬の贅沢・安達屋、玉子湯、吾妻屋の雪見露天
- 高湯と微湯--2つの歴史美湯・静心山荘の秋遊び
- 高湯ゆかりの文人編・晩夏の玉子湯にて
- 高湯 昭和-平成時代編・不動滝と夏露天
- 高湯 江戸-明治時代編・冬の雪見露天巡り
- 高湯はじまり編・晩秋の一切経山を訪ねて
- 吾妻の紅葉巡り・花月ハイランドホテルと浄土平散策②
- 吾妻の紅葉巡り・静心山荘と浄土平散策①
- 晩夏の高湯遊び・安達屋と吾妻小富士
- 秘蔵のぬる湯と創作料理、静心山荘
- 創業140年の山の湯宿「吾妻屋」
- 泉質異なる2つの温泉宿めぐり「のんびり館」
- 大切な人と過ごしたい宿「旅館 ひげの家」