高湯温泉

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高湯温泉紀行

高湯温泉紀行

名残の冬と美食を愉しむ秘蔵の湯宿、安達屋

2022/02/某日 | 安達屋

雪を愛し、雪に愛された鄙の湯

大雪に見舞われた今年の冬。豪雪で知られる高湯温泉へと向かう山中、道の両脇に次第にうず高くなってくる雪の壁に心は躍る。暦の上では立春の候。目立つ雪もそれほど見当たらない福島市市街地から車でわずか30分で、世界がここまで変わるのかと驚いてしまう。
何度か訪れている安達屋へ到着したのは日も陰り始めた頃。見上げればまた、細かな粒子となった雪がふわりふわりと、空を躍るように私たちを歓迎してくれる。
「お世話になります」と挨拶をして、まずはロビーの囲炉裏ラウンジでひと息。ほの暗いランプの明かりのなか、時代箪笥や古い色絵磁器が不思議な調和を奏でる空間は、いつ訪れても時の流れがゆるやかだ。ここではいま、朝6時半から夜10時までドリンクバーが設けられ、夜7時半からはウイスキーやビール、ワインなどのアルコールが自由にいただけるサービスがあるらしい。
部屋に荷を下ろし、まったく止む気配のない空模様を愉快な気持ちで仰ぎ見る。一面の雪のせいだろうか。日が落ちてなお、辺りはぼうっと青白い光に包まれている。
夕食前に早速、向かった貸切露天風呂は夜10時までは予約制。それ以後の朝6時45分までは解放され、空いていれば自由に楽しめる。2つある貸切露天風呂は母屋から一旦外に出た別棟だ。冬の外気にさらされ足早に歩いた先に待つ乳白色のやさしい湯景色は、ここを訪れる客がこよなく愛する安達屋の情緒のひとつでもある。雪の「白」と湯の「白」。同じ自然界で育まれた天と地の響きあう壮大なその世界は、ひたすら清浄で穏やかだ。

味わう愉しみをもてなすソムリエの宿

囲炉裏焼きを基本に、四季毎に内容が変わる安達屋の料理。今夜の序章は白磁に美しく盛られた「伊達鶏のポワレ クリームマスタード」から。宿では先ごろワインソムリエの資格を持つスタッフによるマリアージュやペアリングといった、大人の美食をテーマにした料理の提供が評判で、コース内には岩魚、伊達鶏などの囲炉裏焼きに加え、洒落た洋皿料理もある。
無論ワインリストも豊富で、料理や好みに合う銘柄のアドバイスの他、リーデルのグラスなど、酒器によっても香りや味わいが異なる日本酒の新しい楽しみ方を提案している。もとより福島は【全国新酒鑑評会】で8年連続の金賞受賞数を誇る酒処。加えて近年では、高湯から程近い吾妻山麓に福島初のワイナリーも誕生し、地酒に続く地ワインの誕生も楽しみな地になっている。
そんな近年の当地の倣いに寄り添うべく、今夜は福島が誇る「飛露喜」の特別純米を、リーデルのワインタンブラーで。高湯に降る雪を模した、何とも風流な名物料理「冬の自然薯味噌鍋」まで しっかりといただき、大人贅沢な酒宴に酔いしれた。
食後は満を持して野趣あふれる名物の「大気の湯」へ。立ち昇る湯気の勢いに夜の深さを覚える中、人影皆無の贅沢な大露天風呂で機嫌を取り戻した空を仰ぎ、満天の空に心を遊ばせる。

清涼な空気に心洗う、目覚めの朝湯

新雪の朝。ふたたび繰り出した「大気の湯」は昨夜の雰囲気と一転、どこまでも蒼く清らかな世界。梢まで細かな雪に丁寧に縁取られた木々が、その神秘さを一層際立たせている。すべての音を呑み 込む白の静寂のなかで、ざぶさぶと派手な湯音を響かせて愉しむ朝湯の贅沢。これもまた、たまら ない高湯の冬だ。
冷たい外気のせいか源泉かけ流しの湯は少々ぬるめ。じわじわと温まる体に、ひんやりとした朝の山気が心地いい。「雪ぐ」と書いて「すすぐ」。雪には“洗い清める”という意味もある。なるほど、深く息を吸い込むたびに、胸の奥に広がる清涼な空気に、その想いをあらたにする。
部屋に戻って少し休んだ後、意気揚々と向かった先は、揺らめく暖炉の火が迎える朝食会場。部屋いっぱいに立ち込めた食指をそそる香りに、腹の具合も頃合いだ。

春の兆しを夢見る湯の郷で

ロビーの「囲炉裏ラウンジ 」に対し、「クラシック・ラウンジ」と名付けられた朝食会場はその名のとおり、100年以上も前のイギリス製アンティーク家具やレトロなペンダントライトが灯る洒落たフローリング空間。部屋の奥にあるソファの前には薪ストーブの姿も見え、あかあかと灯る火が森のコテージのような雰囲気を奏でている。
会場は朝7時半からは朝食ダイニングとして、またチェックイン後の午後3時から夕食前の5時半までは、バータイムとして輸入ビールや宿のソムリエセレクトのおすすめスパークリングワインが楽しめるサービスも行っている。
食事は小鉢類が収められた木箱があらかじめテーブルにセッティングされ、温かい味噌汁とご飯は客が着席してから宿のスタッフが、好みの量を配膳してくれる。朝メニューの人気は卓上で仕上げる上品な味わいの「穴子の柳川鍋」。部屋の一角には洋朝食にも対応する数種類のパンとトース ターも設置され、フルーツ王国の福島らしいご当地の選べるジャムも用意されていた。
量・味わいともに体が悦ぶ味わいに満たされ、食後は出立前の名残のひと風呂とばかり、ふたたび貸切風呂へ。神秘的な朝ぼらけとまた違う穏やかな光に包まれた風呂は、館内の慌ただしさと無縁の静けさだ。青く晴れ上がった空から時折、風に舞った雪がチクチクと肌を刺すのもまた愉快。安達屋は到着から出発まで、客に高湯の湯の贅を余すところなく楽しませてくれる宿だ。
後ろ髪引かれる思いで、ゆるゆると部屋で帰り支度をしながら、ふと目をやった窓の外の景色に思わず口もとが緩む。ああ、また雪だ。皆が閉口する今年の大雪が、これほど愛される土地柄もないだろう。「あったか湯に寄ってから帰ろうか」と独り呟くように連れに言えば、ほころぶような二つ返事の破顔一笑。高湯の春もまもなくだ。

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