高湯温泉

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高湯温泉紀行

高湯温泉紀行

吾妻の紅葉巡り・静心山荘と浄土平散策①

2015/10/某日 | 静心山荘

居心地懐かしい、愛情手料理と人肌湯の宿

 台風の影響による大雨の猛威から、まだ日も浅い10月初旬。吾妻の紅葉は、例年より1週間程早く見頃を迎えたという。浄土平の秋は短い。つい先頃、訪れたとはいえ(詳細はこちらのブログを参照)、今年の色付きはなかなかに鮮やからしい。これを見ない手はない。
 深まる秋に急かされ訪ねたのは、以前、日帰りでお世話になった「静心山荘」(詳細はこちらのブログを参照)。メインストリートから少し入り組んだ小道を入った山の斜面に建つ宿は、高湯でも珍しい“ぬる湯”が評判だ。

 到着した頃はすでに日暮れ時。笑顔で迎えてくれた宿のご主人によれば、今日の客は私と連れだけだという(!)。それもそのはず。宿の客室はわずか4室。それを、ご夫婦2人で切り盛りしている。ここでの食事時間は客の都合次第。家族を迎えるような飾らないそのもてなしが、常連客から愛されている。「ムサシくんは?」その愛くるしさに会いに来るファンも多い愛犬のムサシは、あいにく前日客の接待でお疲れぎみとのこと(笑)。残念がる連れを促し、部屋に荷物を置き、早速、自慢の“ぬる湯”を楽しむことにした。
 風呂は長い階段を上った別棟にある。ご主人によれば、先の大雨で宿の源泉も影響を受けたらしく、手入れをして、ここ数日でやっと湯色が回復してきたという。地形を生かした自然落差による源泉掛け流しの配湯を400年間守ってきた高湯の湯は、こうした湯守の方々の努力の賜物だ。
 以前、宿を一度訪れたことを告げると「なら、大丈夫だね。お風呂はいつでも入れるから。階段の電気は消してね」と、あとは客に委ねる放任スタイル(笑)。慣らされた宿のルールとは無縁の、このワイルドさがここの魅力のひとつでもある。じんわり沁みる秘蔵の湯に首まで浸り、人と自然の恵みが奏でる唯一無二の温もりを沈思黙考、全身全霊で享受する喜び。

 夕食はソファのあるサロンの隣のダイニングでいただける。リピーターからも定評の料理は、すべて女将さんの手作りだ。食卓にはすでに、食欲をそそるカラフルな野菜のゼリー寄せをはじめ、季節らしい鴨鍋や焼き茄子の煮浸し、きのこや芋茎を使った小鉢類に、栗の渋皮煮、いちぢくの甘露煮などなど、丁寧な“こしらえ”を感じる品々が並んでいる。その日に仕入れた食材で決まる献立に“お品書き”はない。料理は後出しでアボカドとまぐろのカルパッチョや、ミニかぼちゃのまるごとグラタン、カジキマグロのハーブソースステーキなど、アツアツ出来たての洋皿も加わる。ジャンルに囚われない、いかにも家庭料理的な奔放さに、里帰りでもした気分になる。厨房から顔を出した女将さんとの料理談義も、味わい深い仕上げのひと皿だ(笑)。お腹はもとより、心にもボリューム満点のふるまい料理に、2人で締めのご飯まで辿り着けない、初めての体験となってしまった(笑)。
 部屋でしばらく食休みをした後は、再び風呂へ。宿のご夫婦は、すでに隣り合う別棟の居宅に戻ったご様子。墨を流したような漆黒の闇の静けさに耐えかねたのか、塀越しの女湯からハイテンションで話しかけてくる連れとの会話を楽しみながら、灯りに浮かぶ幽玄の世界に酔いしれる。

 深い眠りを得た翌朝。天気は快晴。やわらかな陽射しが濡れた木肌に照り映える朝湯は、詩情あふれる佇まいだ。湯上りに2人で庭に繰り出せば、朝露をたっぷり含んだ木々が艶やかな錦絵を描いている。宿の敷地は約4,000坪もある。ゴルフ好きだった先代が、かつて整備していたというコースの名残を残す広場は変化に富み、少し歩くだけでくるくると景色が変わる。
 朝食には、イケメン(笑)のムサシくんとやっとご対面(’笑)。「いただきます!」と、背筋を伸ばし手を合わせたくなる正統派の日本の朝ごはんは、今日もまた女将さんの人柄を感じる愛情仕立て。「静心山荘」はその名の通り、心静かに温泉と風景と人にひたる、普段着のご馳走宿だ。

眺望絶佳の天空の道、磐梯吾妻スカイライン

 向かう磐梯吾妻スカイラインは高湯温泉と土湯峠を結ぶ、日本の道百選にも選ばれた全長約29km山岳観光道路だ。平均標高は1,350m。雄大な吾妻連峰を縫うように走る“空の道”は、眼下に福島市街はもとより、作家の井上靖が命名した「吾妻八景」と呼ばれる素晴らしい絶景が楽しめる。
 そのひとつ、かつてこの峡谷を飛び交っていたイワツバメに由来する「つばくろ谷」は、高さ84mのアーチ橋が架かるビューポイント。不動沢滝の白い流れとの美しいコントラストを見せる紅葉越しの眺望は、秋のシーズンには平日も多くの観光客で賑わいを見せる。その少し先には、巨石が点在する「天狗の庭」もある。安達太良山を遠望する視界の開けた南斜面に広がる山肌には、精緻なモザイク画のような大パノラマが待っている。そこから数分進むと景色は一変。「日本じゃないみたい」と、連れも驚く、岩肌だらけの荒涼とした景観が現れる。あまりの迫力に車を降りて鑑賞したいところだが、硫黄平と呼ばれるこの付近は濃厚な火山ガスのため、駐停車はもちろん、窓を開けることも禁止されている。硫黄平から目的地の浄土平(詳細はこちらのブログを参照)は目と鼻の先だ。高湯からこの辺りまでの所要時間は40分程度。今日は浄土平から「鎌沼」へと続く自然探勝路を歩く予定だ。

水と山が織り成す、鎌沼の秋劇場

 湿地帯の浄土平には美しい沼地が点在し、散策に事欠かない。周囲約1km、文字通り鎌の形(三日月形)をした「鎌沼」は、初級者向けの人気ハイキングコースだ。まずはビジターセンターでコースマップを入手。標高1,600mの浄土平は地上よりかなり寒い。秋ともなればその風は身を刺す冷たさだ。歩く際は万全の防寒対策をおすすめしたい。
 沼までの往路は、右手に一切経山を見ながらしばらく勾配のある上り坂が続く。整備されているものの、張り出した木の根や石に足をとられる道は気が抜けない。息を切らす私たちの脇を、時折、すれ違うハイカーは涼しい顔のご年配勢も多く、その健脚ぶりに頭が下がる(笑)。中には中国系の方々の姿もあり、ワールドワイドな浄土平の人気ぶりが伺える。ふと振り向けば、吾妻小富士に寄り添う神秘的な「桶沼」の姿が、美しい姿で私たちに激励のエール(笑)。
 歩き始めて約1時間。低木の高山植物が群生する「姥ヶ原」に到着。「鎌沼」はまもなくだ。ここから先は平坦な木道になる。軽い足取りで進んだ先に見えてきたのは、草紅葉が縁取る総天然色の世界。紅葉はピークを少し過ぎたあたりだろうか。とはいえ、なだらかな曲線を描く前大巓(まえだいてん)を背景に横たわる水鏡に真っ直ぐ伸びた木道は、神域への参道のような清らかさ。時折、雲の切れ間から射し込む光芒が、山肌に夢のように色鮮やかな軌跡を描いてゆく。「きれいねぇ」そう繰り返す連れに同意しながら、水際のベンチで刻々と変わるその姿を見つめるひととき。
 通常、「鎌沼」は、この景色を楽しみながら沼畔を一周でき、隣り合う酸ヶ平から一切経山経由でビジターセンターへ延びる北側ルートがある。しかし、現在は火山活動により酸ヶ平から先は閉鎖されている。沼の対岸のギリギリまで歩いてみたものの、帰りは来た道を戻るUターンコース。ビジターセンターに戻ったのは出発から約2時間半後だった。意外に段差のある下り階段となる帰路は、視線の先に見える景色に気を取られないよう、最後まで足元に注意が必要だ。

浄土平の手鏡、桶沼の神秘を訪ねて

 戻って早々に伺えば、浄土平の駐車場は午後4時半までとのこと(スカイラインは午後5時閉鎖)。秋の日の短さに、レストハウスのフードコーナーで慌ただしい軽食をとり、そのまま近くの「桶沼」へ。
 「桶沼」へは、駐車場の隣に広がる浄土湿原を横切り、片道約20分程で到着できる。可愛らしい姿に似合わず浄土平に点在する沼の中で最も深い水深(約13m)を誇る沼は、神秘的なコバルトブルーの色合いが特徴的だ。樹木に囲まれ水をたたえた火口跡は新緑はもちろん、秋は水面に映り込む、色とりどりの紅葉の美しさでも愛されている。

 五日ふりし雨はるるらし山腹の 吾妻のさぎり 天のぼりみゆ 茂吉録書

 登山口から約10分程で辿り着ける展望台には、明治時代の歌人、斎藤茂吉の歌碑もある(詳細は高湯温泉の公式サイトを参照)。沼の紅葉はちょうど見頃(!)。ダケカンバの黄色やナナカマドの赤、カエデのオレンジが蒼い水面に映える姿は、まさに色彩の交響曲だ。その姿を讃えるように、夕刻間近の長い西陽が、やさしい陰影で降り注ぐ。
 吾妻小富士や一切経山の荒々しい峰々に囲まれ、古くからの修験場として崇められてきた浄土平。“浄土”の名は、厳しい山道を歩んできた登拝者にとって、極楽浄土にも思えるこの地の鮮やかな彩りから名付けられたという。浄土平には、まだまだ踏破してみたい湿原も多々ある。かつて修験者の煩悩を諌めた聖地に居ながら、そんな、どこまでもとめどない私欲にかられるのは、人の悲しき性だろうか(笑)。 
 豪放磊落な湯宿と、奔放自在な山歩き。高湯に集う醍醐味は、湯と山とがくれる振り幅の広い“静”と“動”のくつろぎにある。湯宿ながら、ただの湯宿に非ず。山歩きながら、ありふれた山遊びに非ず。本当の意味での高湯らしさとは、予期せぬ愉快な驚きそのものだ。季節ぞれぞれ、宿それぞれ。高湯を訪れるなら、ちいさなこだわりは一寸捨て置いて、出会うすべてを楽しむ、そんな心の在り様をぜひとも必携したいものである(笑)。

■「この静けさがおもてなしです 静心山荘」
〒960-2261
福島県福島市町庭坂字高湯14-1
TEL/024-591-1129
http://www.f-onsen.com/seishin_sec/index.htm

チェックインは予約時に自己申請制
日帰り入浴/400円(10:00~16:00) ※電話をすれば時間外も可

[入浴時間]
日帰り入浴/お部屋貸切2,000円(10:00~15:00)

[温泉の利用形態]
天然温泉

[アメニティ]
シャンプー、リンス、ボディソープ

[交通のご案内]
■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線~県道5号線16km(約30分)

■福島交通路線バス
JR福島駅西口から「高湯温泉」行・「高湯前」下車(約40分) 徒歩約2分

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