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高湯温泉紀行
高湯温泉紀行
創業140年の山の湯宿「吾妻屋」
2015/02/某日 | 吾妻屋
今昔ゆかしき宿、吾妻屋
「 雪で大変でしたでしょう 」そう客をねぎらう女将に「 雪だから来たんだよ。雪が見たくて 」と笑う常連らしき客の声。屋根の積雪は軽く1mを超えているだろうか。女将曰く、これでもこの季節にしては少ないほうなのだという。
厳しくもやさしい吾妻連峰の自然に抱かれ、静謐な白い景色に覆われる高湯の冬。清らかなその世界に逢いたくて、先客と同じ思いで私たちもまた此処に来ている。
訪れたのは「 吾妻屋 」。わずか10室の客室に対し、貸切を含め8つもの風呂のある宿は、まさにどっぷりと高湯の湯と向き合える贅沢さだ。予約時に伺った館主の話によれば、ちょうど昨年末に内湯を改装したばかりらしい。“ 冬のお花見をどうぞ ”という、謎めいた言葉も気にかかるところだ(笑)。
齋藤茂吉も愛した吾妻の秘湯
“ 今昔ゆかしき宿 ”と銘打った宿は、高湯の歴史を語る宿のひとつだ。創業は140年前の幕末の頃。明治時代に描かれた古い絵地図のほぼ中央にも“吾妻屋”の名がみてとれる。吹き抜けとなったロビーギャラリーには、その歩みに相応しく、約390年前の古文書をはじめ、山岡鉄舟や伊東博文、勝海舟などの著名人や禅師の書画がズラリと並ぶ。
なかでも明治から昭和にかけて活躍した文人、齋藤茂吉は吾妻の山をこよなく愛し、大正5(1916)年、友人の門間春雄と共に吾妻屋に逗留し
《 五日ふりし雨はるるらし山腹の吾妻のさぎり天のぼり見ゆ 》
《 山の峡わきいづる湯に人通ふ 山とことはにたぎち霊し湯 》
の歌を詠んでいる。
今も昔も変わらぬいで湯が取り持つ旅の縁。その歴史の延長線上にいま佇んでいることに感慨を覚えながら、厳寒の季節に一層荒々しく立ちのぼる高湯の湯煙を眺める。
案内された部屋は黒い柱に竹の腰壁が、民芸調の雰囲気を奏でる落ち着いた和室。壁に描かれた吾妻山の絵が目を引くインテリアには、囲炉裏の名残を残す自在鉤や古い行火、網代編みの地板など、歴史を刻む宿ならではの懐かしい面影が漂う。「 きれいねぇ 」と連れがうっとりと腰を落とす縁側からは、繊細な水墨画のような雪景が広がっていた。
「 そろそろ行ってみますか 」しばし部屋でのんびりした後、相槌を打つ彼女とともに、いよいよ宿の真骨頂たる風呂めぐりへ繰り出すことにした。
豪放磊落、これぞ高湯の雪見露天
まず向かったのは、常連客が絶賛する宿の名物露天風呂「 山翠 」。風呂は宿泊棟から一旦、外に出て裏山の細い坂道を80m程も登った先にあるらしい。レトロな宿の情緒を考えれば浴衣に久留米絣の半纏を羽織り、乙なスタイルで決めたいところだが、そこは吹きすさぶ雪道。連れと相談のうえ着替えをせず防寒具のまま行くことにした(笑)。
露天風呂へと続く出入口には、宿泊客が自由に利用できる長靴や傘も用意されている。小道の周囲は斎藤 清が描く木版画さながらの銀世界とはいえ、温泉水で自然融雪された足元は歩きやすく配慮されている。
傘の間から吹き込む雪に少々難儀しながら登ると、やがて道の行き止まりに重そうな綿帽子をいただく木造の湯小屋が見えてきた。自然林に囲まれた建物は、まさに想像以上のワクワクするワイルドさ。凍える手をすり合わせ、先客が無いのを幸いに、脱いだ服を畳むのも忘れまずはドボン(笑)。
「 ふう 」その心地よさに、思わずため息がもれる。地上で愉しむ天国とはまさにこのこと。幾つもの巨石を配した岩露天風呂は、やわらかな曲線を描く分厚い雪に縁取られ、一層くっきりとその青白い湯色を放っている。天に向かい一切屋根のない奔放な造りは、あるがままの季節をワイルドに愉しむ趣向にあふれ、こんな雪模様の日でさえ感謝したくなるから人とは不思議なものだ(笑)。辺りは湯の音色以外に何も聞こえない静寂の世界。ひらひらと舞い降りる雪がそのまま積もったように湯船の底に沈殿する白い湯の花を両手ですくい、温めの湯加減に、連れも私も独り占めの長湯タイム。
たっぷり「 山翠 」を楽しんだ後は、道の途中で気になっていた趣きある佇まいの「 山露庵 」へ。旧家の別荘を改築し休み処にしたという歴史ある建物は、歪みのある昔ガラスに組子格子の窓枠がステンドグラスを思わせる端正な美しさだ。宿泊客同士の憩いの場を考慮してだろうか、円座のある建物内には折紙やトランプなどの手遊びも用意されていた。
身震いする零下の中、建物を見学した後はすぐ傍の露天風呂「風楽」へと、そのままはしご湯(笑)。素朴な湯小屋はご婦人、殿方、家族風呂が並ぶ造りのようだ。「山翠」と対象的に目隠し塀のあるこじんまりとした木造りの風呂は、湯治場のような古き良き秘湯感で、これはこれで味わい深い。空いていれば予約なしで自由に利用できる家族風呂も、ふたりで欲張りに楽しんでしまった(笑)。
夕食は我が家のような気兼ねなさでいただける、プライベート感たっぷりの部屋食。館主自らが家族をもてなす気持ちでこしらえる料理は、目にも鮮やかな山海の幸の饗宴。脂も甘い福島牛のしゃぶしゃぶをはじめ、鄙の宿らしいホッと懐かしい味わいも会話を弾ませる。聞けばふるさとの自然をこよなく愛する館主は、時間を見つけては山に登るのが趣味とのこと。春に収穫した姫竹を保存食に仕立てた味噌漬けも、酒のすすむ美味だった。
ひと足早い春の温もりと鄙の花湯
ところで吾妻屋には、宿でよく見かける酒やドリンク類の自動販売機が一切ない。代わりに飲み物を入れた大きな冷蔵庫が設置され、チェックアウト時に自己申告で料金を払うという、良心的な仕組みになっている。むろん部屋にも冷蔵庫はないが、宿泊客が自由に利用できる共同の冷蔵庫が別途あり、気に入りのワインや酒などの持ち込みも可能だ。2つ渡される部屋の鍵も、互いのタイミングを気にせず風呂を楽しんで欲しいと願う宿の配慮だという。私たちも早速、冷やしておいた持ち込みの白ワインで湯上りの乾杯。客それぞれの旅の楽しみ方に寄り添う宿のサービスに「湯治気分ねぇ」と、連れもすっかり寛いでいる(笑)。
飲みながらふと、少し重だるい体に気付いた。高湯の効能を科学的に説いた温泉読本“ 高湯温泉録 ”(問い合わせは高湯温泉観光協会へ)によれば、成分の強い高湯の長風呂はくれぐれも禁物とあったが、どうやらまた油断してしまったようだ。ぬる湯だったとはいえ、此処での温泉浴は自分の体と相談のうえ、細心の注意を払って愉しむことをおすすめしたい(笑)。
満を持して向かった内湯「 古霞 」は“ 冬のお花見 ”の言葉どおり、堂々たる枝ぶりを天井へと伸ばす満開のヤマザクラと、大輪の花姿で知られる吾妻山のドウダンツツジの古木の壁画が迎える鄙の花湯。風呂は長い廊下に面し露天風呂の「風楽」同様、ご婦人、殿方、貸切風呂が並ぶ造りで、一角には採取した湯の花を乾燥させる湯の花小屋もある。
天然石がリズミカルに配された浴槽は、目を見張る大木を豪快にあしらった湯口が、いかにも山懐の秘湯、高湯らしい雰囲気だ。こちらの湯加減はやや熱め。ジリジリと沁み渡る高湯の湯ぢからを存分に味わうことができる。隣り合う貸切風呂( チェックイン時に要予約 )も、ふたりで入るには贅沢すぎる程の広さだった。
多くの宿が入浴利用の具体的な時間制限を設けるなか、吾妻屋の露天風呂は“ 夜明けから日没まで ”と、なかなかに風流だ( 内湯は24時間 )。客はこの宿でしばし日々の時間軸から解き放たれ、ときには心待ちに、ときには名残惜しみながら、自然のリズムに寄り添い湯と向きあう。そしてそんな宿泊客の至福を守るために、宿では日帰りの温泉客をあえてとらない姿勢を貫いている。常連客が吾妻屋を愛する所以は、このもてなしにもあるのだろう。
たっぷりと冬の高湯を堪能した連れに言わせれば、吾妻屋には素晴らしい露天風呂と並ぶ知られざる花湯がもうひとつあるらしい。それは、館主や女将さんをはじめとする宿人の、まるで親戚のような人懐っこさ。なるほど。旅の思い出に咲くその温もりは、初めて会うのにどこか懐かしく、記憶を揺さぶる花たちとの邂逅のようだ(笑)。「 またお花見に来ようか 」と誘う私に二つ返事の笑顔。美しい吾妻の春も、まもなくだ。
■「今昔ゆかしき宿 吾妻屋」
〒960-2261
福島県福島市町庭坂字高湯33
TEL/024-591-1121
http://www.takayu-azumaya.jp/
チェックイン 14:00~・チェックアウト ~10:00
※チェックイン時に内風呂「古霞」・貸切風呂ご利用のご予約を承っております
日帰り入浴/無
[温泉の利用形態]
天然温泉
[アメニティ]
シャンプー、リンス、ボディソープ、ドライヤー
[交通のご案内]
■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線~県道5号線16km(約20分)
■福島交通路線バス
JR福島駅西口から「高湯温泉」行・「高湯」下車(約40分) 徒歩1分
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