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高湯温泉紀行
高湯温泉紀行
晩夏に遊ぶ天空の宿、花月ハイランドホテルと信夫山逍遥。
2021/08/某日 | 花月ハイランドホテル
眺めに心洗う、高湯随一の絶景劇場
処暑を過ぎ、朝晩の涼しさに巡る季節の息遣いを感じる頃。高く澄み渡る空の雄大な眺めに焦がれ、人影まばらな高湯の花月ハイランドホテルへ。
共同浴場のあったか湯を過ぎ、さらに進んだ道の先、視界が開けた頂に忽然と姿を現す近代的な宿は周囲を吾妻の山懐にすっぽりと抱かれ、高湯随一の眺めを誇る。
幾重にも折り重なる峰の向こう、遠く福島市街地を望むその絶景は、まさに物々しい昨今の下界を忘れさせてくれる一服の清涼。高湯の中で唯一、客室や露天風呂から眺望が楽しめるここを「天空の宿」名で慕うファンがいるのも頷ける。
時勢に応え、宿ではワーケーションでの利用にも対応。必要な設備も景色も温泉も、申し分のない環境は、仕事とリラックスの切り替えに最適だと利用者からも好評だという。
到着したのは日も傾き始めた時分。宿の客室は本館と別館に分かれているが、今回は贅沢すぎる程のゆったりとした間取りが人気の別館を選択。幸運なことに案内されたのは角部屋。西に吾妻小富士、東に福島市街地を望むその眺めに、連れの機嫌もすこぶる上々だ(笑)。
日があるうちにと、浴衣に着替え早速風呂へ。途中、立ち寄ったラウンジは、観客のいないパノラマ劇場。刻々と移り変わる景色が饒舌な演者のように、夏の面影を湛えた夕暮れの光に包まれていた。
語らい弾む旬の滋味、ふたり占めの貸切露天
宿の風呂は情緒ある長い渡り廊下沿いに貸切露天風呂、露天風呂、そして大浴場と点在し「はしご湯」が愉しめる。まずは最奥にある大浴場で吾妻山に沈む陽の移ろいを堪能。
夕食は個室の会食場だ。献立には鱧や鰻、無花果、甘鯛など、季節の狭間らしい食材の名も見える。丁寧な職人技を感じる前菜や、鰻のひろうす、卓上で焼き上げる福島牛の陶板焼きや松茸の釜飯。さらに最後を占め括る手作り羊羹の水菓子まで。職人の矜持と厨房のライブ感を感じる料理は、宿に旅する喜びのまさに真骨頂だろう。
食後はこの宿の外せない楽しみでもある、貸切露天風呂へ(要予約)。
広さといい、その造りといい、ちょっとした宿の大浴場程はあるだろうか。湯口からとめどなくあふれ出る源泉と、虫の音が辺りの静けさを一層引き立たせるなか、ふたりで時を忘れるラグジュアリーな秘湯感を贅沢に堪能。大家族なら、賑やかな水入らずの温泉団らんも楽しいだろう。
趣異なる貸切風呂は2つ。気分や好み合わせて選ぶのも楽しい。
戻った部屋の窓からは、遠く福島市街の夜景が蒼い闇にぽっかりと浮かんでいた。
翌朝。満を持して日の出の露天風呂へ。蒼から紫、そして翠へ。山が命を吹き返すように、色を帯びてくるその姿はまさに静謐な音楽のよう。ほてる体にひんやりとした朝の山風も心地いい。こんな心洗われる景色から始まる一日は、いつぶりだろう。
閉塞感漂う日々に、ひとときのオアシスを得た天空の宿の旅だった。
福島市民の祈りと憩いのパワースポット、信夫山
チェックアウトを経て高湯から車を走らせること約30分。宿の部屋からも見えた「信夫山(しのぶやま)」は、福島盆地の中央にぽつんと残された小山だ。
信夫山は、「しのぶ」というその響きから平安時代には「恋」を象徴する、みちのくの憧れの山として多くの歌枕で詠まれてきた。また同時に、波打つ3つの峰は熊野、羽黒、羽山の三山に例えられ、羽黒、月山、湯殿の三神社を祀る山岳信仰の山として、人々の崇敬を集めてきた。
信夫山へのアクセスは、桜の名所としても知られる信夫山公園からが便利だ。山には福島県護国神社をはじめ、多くの社や歴史と伝説に彩られたパワースポットを巡る登拝路や、福島市街を見下ろす展望台などが幾つかある。なかでも「烏ヶ崎(からすがさき)展望デッキ」は福島市街地をはじめ、安達太良連峰や吾妻連峰まで見渡せる必見のビューポイントだ(近くのパーキングから徒歩約15分)。
山内には雑木林の中を、徒歩約1時間程度から楽しめる各種ハイキングコースをはじめ、車でまわれる観光コースなど、目的や所要時間に合わせ、気軽に楽しめる周遊ルートが豊富にある。気になる方は、まず第二展望台近くの信夫山ガイドセンターで、詳しい山内MAPの入手がおすすめ。センターにはかつて良質な金鉱だったという山の歴史や、ゆかりの人物のエピソードなど、興味深い資料も揃う。
ちなみに、福島県護国神社のすぐ近くには、郷土食豊かな料理が楽しめる「和食くろ沢」もあるため、食事のためにわざわざ麓に降りなくても大丈夫。これからの季節なら紅葉楽しみ。信夫山は市街地にありながら四季を通じて一日中、自然とたっぷり触れ合える憩いのネイチャースポットだ。
歴史と風格を湛えた石仏群、岩谷観音摩崖仏
最後に向かった岩谷観音摩崖仏は信夫山の東端、山の中腹にある。まずは麓の祓山通りを車で5分ほど走り、車数台程が停められる最寄りの駐車場へ。すぐ脇には摩崖仏へと続く、古めかしい100段程の急な石段の参道がある。
案内板によれば、もともと岩谷観音は平安時代の末期から鎌倉時代にかけ、この地を支配した豪族、伊賀良目氏が岩をくり抜いて造ったお堂に持仏の聖観音を祀った窟(いわや)観音がその発祥だという。その後、この地を訪れた修行僧や信仰心篤い人々の手によって、三十三観音や地蔵尊、不動明王などの供養仏が明治の初頭まで次々と刻まれたようだ。
現在、ここで確認できる摩崖仏は60数体。形も表情もさまざまな石仏は、長年の風雨によりそのお姿を読み取れないものも多く、それがまた得も言われぬ風格を醸している。これほどの規模の摩崖仏群が、街のど真ん中に残されているのは全国でも珍しいという。信夫山を訪れるなら岩谷観音摩崖仏はぜひ一度、見ておきたい歴史遺構だ。
同じ境内には慶長19年(1614)に再建されたと伝わる観音堂が、石仏の行方を見守るようにひっそりと寄り添っていた。
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