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高湯温泉紀行
高湯温泉紀行
冬ごもりの雪見露天、玉子湯
2019/01/某日 | 玉子湯
降り積もる雪と時代の中で
2019年冬。いよいよ春に迫った改元を控え、今年は気候もお祝いムードなのか暖冬のようだ。それでも、豪雪地帯として知られる高湯は雪見露天に事欠かない十分の量らしい。「高湯遊びの真骨頂は冬にある」と、賞賛されるこの季節は、筋金入りの “温泉通” がこの湯を目指してやってくる。
高湯の中でも、その歴史と佇まいで愛される風呂が「玉子湯」(詳しくはこちらのブログを参照)の湯小屋だろう。平成最後の訪問となる今回、150年の時代を見つめてきた湯小屋で原初の温泉湯治に想いを馳せる旅も悪くない。
空は時折、雪がちらつく “好天候”?(笑)。標高が上がるに従いその粒も細かさを増し、周囲の山林は梢の先までレース細工のように縁どられている。車窓に広がるひっそりと静かなその光景に「雪見日和ね」と連れが笑う。
「玉子湯」に到着したのは夕方前。とはいえ、雪明かりのせいか辺りはほんのりと明るい。駐車場に車を停めたとたん、宿の方が「お荷物をお持ちします!」と走り寄ってくる。空は相変わらずの凍空。春の遠さを感じさせる細かな乾雪が思い出したように、時折ふわりふわりと舞い降りてくる。
チェックインの後、案内された部屋は、客の到着に合わせ暖房がつけられ、すでに快適な室温状態だ。縁側の窓の外には絵画のように切り取られた山の雪景色が広がる。眼下には砂糖菓子のような、ぶ厚い雪に覆われた庭園に埋もれるように萱ぶき湯小屋がひっそりと佇んでいる。物語の世界のような無垢なその美しさに魅了され、早速、部屋に用意された浴衣に丹前を羽織り、その時代湯へと向かう。
物語の世界にひたる雪見4湯
「玉子湯」の屋号は文字通り、ゆで玉子のようなにおいを持つ高湯温泉の硫黄泉から名付けられている。1868(明治元)年に建てられた同名の萱ぶき湯小屋「玉子湯」の築年数は150年。この地で最も古い建物であるとともに、長い歴史を誇る宿の希少な時代遺構でもある。
湯小屋へは、濛々と湯気を上げて流れる須川に架かるちいさな橋を渡る。入口から左右で男女に分かれた内部は、脱衣所と浴槽が同じ空間にあるかつての湯治場の面影をそのまま残している。硫黄成分の強い高湯の温泉ガスを外へ逃すため、建物の天井部分にかけては柱や梁がむき出しとなった壁のない造りだ。この構造は高湯の他の内湯でもよく見られ、それだけこの地の湯の力強さを物語る証明でもある。
訪れた時間帯は、誰もいない貸切状態。屋内のせいか、ここの湯はいつも穏やかで静か。そのぶん時間がゆったりと流れ、タイムスリップしたかのような不思議な感覚になる。濡れた木肌の風合い、風にカタカタとなる昔硝子。私の動きに合わせ湯船の底からふわりと舞い上がる白い湯花は、高湯の湯に見るもうひとつの雪景色だ。時折、天井の隙間から迷い込んだ粉雪がチクチクと肩を刺すのもまた愉快。それも、高湯で味わう冬の愛嬌だろう(笑)。
湯小屋を出た外は、美しいスノードームの世界。ここから道を少し下った先には女性専用露天風呂「瀬音」が続き、その先には時間帯で男女入替えになる野天岩風呂「天渓の湯」「天翔の湯」もある。天候のせいか今日は道を行く人影もない。はだけた浴衣の襟元を手で押さえ、小雪が舞う中、小走り気味に露天風呂へと急ぐ。
屋根があるとは言え、野天岩風呂の脱衣所は吹きさらしに近いワイルドな開放感(笑)。冷たい北風に意を決し潔く浴衣を脱ぎ捨て、急ぎ足でどぶん、と湯に身を沈める。いつのまにか辺りはすっかり日が落ち、石灯籠のオレンジの光が青白い雪を照らし出している。自然界がこの季節、人に授けた氷と熱の恵み。両極の贅を味わうこの情緒もまた、たまらない。
本館へと戻る途中、融雪された通路を歩きながら深い雪に覆われた萱ぶき湯小屋の風情に思わず足が止まる。本館へと続くこの道は、かつて冬の農閑期、布団に味噌や米を担いだ人々が、湯治のために往来した高湯のメインストリートだったという。音もなくしんしんと降る雪に包まれ、かつてこの道に響いたであろう賑やかなざわめきに遠く想いを馳せる。
口福に出合える地の旬、地の酒
本日の夕食は、部屋のすぐ目の前にある専用ダイニングで。会場にゆったりとレイアウトされたテーブル席には、すでに食事を楽しむ客の姿も幾つか見える。宿の献立は季節毎に変わる会席料理だ。卓上に置かれた品書きには、旬の河豚や鮟鱇、甘エビ、白子など気になる海鮮の名もズラリと並んでいる。「これはお燗、かな?」と、連れに相談すれば期待通りの二つ返事(笑)。福島県は近年、国際的な品評会でも高い評価を得ている日本屈指の酒処だ。宿では酒好きにうれしい“もっきり” スタイルで楽しめる地酒も豊富に取り揃えている。卓上で焼き上げる「海鮮陶板焼」と「国産豚すき鍋」の豪華な饗宴に、アツアツで運ばれてくる河豚と鮟鱇の「揚物」、「湯葉と蟹団子の吸い物」など、宿の料理はどれも酒がすすむ美味揃いだ。
口福に満たされた食後は、再び外湯へ出向き、就寝前の締めのひと風呂!夜の帳がすっかり降りた屋外は漆黒の闇に包まれ、発光するように浮かび上がる雪景色が、一層迫力を増して迫ってくる。すでに雪は止み、仰いだ空にはくっきりと冴えた月が煌々と輝いている。月見と雪見。風流なそのご褒美に、再び“はしご湯”の欲張り長湯(笑) 。
ちなみに女性専用の露天風呂「瀬音」はオープンエアの野天岩風呂と異なり、浴槽の半分を屋根が覆っているため、多少の雨や雪なら頭が濡れずに楽しめる。傍らには渓流と山林も近接。石灯篭が置かれた坪庭もある風流な佇まいは、こじんまりと落ち着いた雰囲気だ。
源泉かけ流しを支える熟達の技
翌朝は昨夜の空模様が嘘のような冬晴れ。深い眠りにすっきりと目覚め、本館内にある大浴場「滝の湯」でまずは朝湯。ちなみに湯小屋を含む宿の“外湯”に洗い場はない。外湯はあくまでも、純粋に湯と景色を楽しむ風呂となっている。シャワーを使いたい場合は大浴場か、館内にもうひとつある内湯「仙気の湯」をご利用いただきたい。天候に左右される外湯(利用は6:00~22:00)と異なり、館内の内湯は24時間いつでも利用可能だ。
朝食には湯上りの体に優しい「野菜のセイロ蒸し」や「湯豆腐」など、体をいたわる味わいが並ぶ。日が高くなり、キラキラと硝子質の輝きを帯びてきた雪景色はすでに眩しい程だ。穏やかな今日の天候に、チェックアウトの時間ギリギリまでもう少し湯を楽しんでいくことにした。
湯小屋のすぐ脇には高湯温泉の命とも言える源泉、 “高湯5番” を祀る祠が雪の中に見え隠れしている。自然湧出した高湯の源泉は、 “湯樋(ゆどい)”と「分湯箱(ぶんとうばこ)」と呼ばれる升型の箱で徐々に冷やされ、そこから各風呂へ続くパイプを経て湯口から浴槽に注がれる。宿の敷地内にはこの様子が間近で見学できる “高湯10番” (写真)の源泉がある(柵内立入禁止)。高湯が誇る「源泉かけ流し」とは文字通り、常に新鮮な湯が湯船に注がれていることに他ならないが、そこには自然の恵みに余計な手を加えない昔ながらの手法によって、季節や天候、さらに各浴槽の大きさによっても異なる湯の適温を随時、温度管理している “湯守(ゆもり)”の熟練の技が息づいている。
ゆらりと漂う湯気に長い冬の朝陽しが射し込む湯小屋は、心地よさもひときわ。清涼な空気に包まれ「天翔の湯」から仰ぐ山の雪景色にも心洗われる。「天渓の湯」と「瀬音」を満喫した連れとともに、宿を出発するギリギリまで文字通りの湯三昧状態(笑)。
折しも本日は、湯小屋の雪下ろしの日。1mを超える屋根の雪をどう落とすのか興味深々で立ち合えば、大人数人がかりで長いロープを屋根にかけ、萱ぶきを傷つけないよう慎重にロープを引き削り取るという大変な労力!客にとっては情緒たっぷりの雪景色とはいえ、作業される宿の方々のご苦労が偲ばれる。
ちなみに「玉子湯」の館内には高湯の中でも唯一、高湯の希少な歴史資料を展示したギャラリーもある。興味のある方はぜひ、覗いてみていただきたい。
温泉街から県道70号線を麓まで下り、最初の信号を左折し車を走らせること約10分。帰りに立ち寄ったのは地元でも評判の蕎麦処「貴福茶屋」。以前から気になっていた店だが、これまで売切れや定休日で縁がなく念願の初来店だ。
店内は木の温もりあふれる明るい雰囲気。早速、おすすめの「黄金そば」(1,300円・天婦羅付)と「鴨ざるそば」(1,550円)を注文。敷地の地下50mから汲み上げた “地下深層水” と会津産の玄蕎麦(殻付ソバの実)を自家製粉した十割蕎麦は、上品な透明感が目を引く。口に含めばなるほど香り高く、コシも強めで歯切れの良い贅沢な味わいだ。店ではこだわりの “綿実油(めんじつゆ)” (綿の実から搾った油)でサクッと揚げる肉厚な茨城県産の原木しいたけをはじめ、東京の千寿ネギなど、ブランド食材による天婦羅も人気で、常連も多いらしい。メニューには「イベリコ豚の肉そば」(1,000円)の名も見え、素材選びに妥協しない店主の思い入れが伝わってくる。
店を後に車を走らせる道には驚く程に雪がなく、さっきまでの豪雪が嘘のようだ。そういえば近年、冬に日本を訪れる外国人観光客の目当てのひとつがこの「雪」だという。意外だが、実は日本は年間降雪量が数mに達する人口30万人以上の都市が、国内に幾つもある世界的な豪雪地帯でもある。日本人が「雪」に独特の美意識を抱くのは、ごく当然のことなのかもしれない。その先人の感性が育んだ雪の美しい名のひとつに「瑞花(ずいか)」がある。豊年の兆しとなるめでたい花、という意味だ。新たな時代の幕開けとなる改元の年。にっぽんに幸あれ、と大地を祝す高湯の瑞花は、今冬もまさに満開だ。
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